「認知症と診断された家族が書いた遺言書は、有効?無効?」
ここでは、認知症と遺言書に関して整理したうえで、生前の対策と死後の対応を解説します。
目次
認知症であっても遺言書が必ずしも無効とはならない
遺言書が見つかったが、認知症の人が書いたものだった!これは無効?
認知症の方が作成した遺言書は、一概に「○○だったら無効」と断定できません。
遺言書に効力があるかどうかは、それぞれのケースによります。
認知症の方が作成した遺言書の有効性・判断基準・有効性に疑いがある場合の対処法、遺言の有効性についての争いを避けるための対策などについて、詳しく説明していきます。
遺言内容が合理的と判断できるか
原則として、遺言者の意思に基づかない遺言は無効です。
認知症の方が遺言書を作成していて、その有効性が争われる場合には、遺言内容が合理的かどうかも考慮されます。
- 遺言者が遺言を作成するきっかけや理由
- 遺言者と相続人・受遺者との生前の関係性
例として、長期間にわたり自分を介護してくれた息子と何十年も絶縁状態になっている娘が相続人になる場合が考えられます。
「息子に多く遺産を残したい」という内容の遺言書があったとすれば、この遺言には合理性があり、遺言書は有効と判断されやすいと言えますが、「何十年も絶縁状態になっている娘に、全財産を相続させたい」という内容の遺言書があった場合は、合理性に欠け、遺言者の意思に反しているのではないかと、疑われる可能性が高いと言えます。
遺言内容が複雑になっていないか
遺言内容が複雑であった場合、認知症の遺言者がその内容を理解したうえで生じる結果を認識していたとは考えづらいため、遺言能力が疑われ、遺言書は無効になる可能性が高くなります。
逆に、単純明快な内容であれば、遺言能力があったと判断されやすくなります。
遺言書作成時の年齢や心身の状態も考慮される
人は加齢によって判断能力は少なからず低下しますが、高齢になればなるほど認知症を発症する可能性も高まります。
そのため、遺言者の年齢も考慮されるのです。
また、遺言者の心身の状態も判断基準の一つです。作成当時の精神的な障害の有無やその症状と程度なども、主治医等の診断などを参考に判断されます。
認知症でも遺言能力の有無が判断基準
認知症であってもなくても、認知症以外の病気であっても、遺言者に遺言能力があるかどうかの判断が必要です。
遺言者の遺言能力の有無は、遺言書を作成した時点で医師から認知症と診断されているか遺言能力とは、「遺言の内容を理解し、遺言の内容にによって生じる結果を認識できる能力」のことです。
民法で、以下のように規定されています。
(遺言能力)
第961条 15歳に達した者は、遺言をすることができる。
第963条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
法律上は、民法で定められた「遺言能力」の有無が争点となるのです。
生前にしておくべき認知症の遺言書対策
認知症の遺言書対策として、まずは生前にしておくべきことについて解説します。
今後、認知症が進行する可能性のあるご家族がいる方や、ご自身の認知症と相続について不安がある方に必要な対策です。
遺言能力があるうちに遺言書の作成をする
まずできる最善の対策は、まだ元気で明らかに遺言能力があるうちに、遺言書を作成することです
遺言能力が微妙なラインにある時期の遺言書作成は、のちに争いになるリスクが高くなるからです。
争いになった時に備えて、遺言書作成時に遺言能力があったことを示すために、以下のような証拠を残しておくことをおすすめします。
- 遺言作成の時期に、その時点での医師の詳細な診断書を取得する
- 医師による認知機能テストを実施し、その記録を保管する
- 司法書士などの専門家に遺言作成サポートをしてもらい、遺言能力を証明する法的意見を記録する
- 遺言作成の過程や日常の様子を動画撮影し、遺言者の意思表示が明確であることを示す
- 遺言作成時期の状況について、家族や友人の証言を記録する
- 遺言作成前後の期間に遺言者によって書かれた日記や手紙を保管しておく
公正証書遺言を作成する
守るべきルールに従っていない遺言書は無効となります。
自分で作成する自筆証書遺言ではなく、公証役場で公証人に作成してもらう公正証書遺言がオススメです。確実に有効な遺言書を残せるからです。
遺言の無効を確認する請求訴訟に発展した場合でも、裁判所に無効と判断される可能性が低くなります。
自筆証書遺言は、有効・無効が争われやすい方式です。形式に不備があるケースも多く、遺言書が残っていても無効となる場合が少なくないのが実情です。
遺言執行者を指定する
遺言の内容を実現するために、相続財産の管理やその他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利を与えられる者が「遺言執行者」です。
遺言執行者を指定した公正証書遺言を作成しておくと、より遺言者の意思を実現しやすくなるのです。
遺言執行者の指定がない遺言書の場合は、相続開始後、家庭裁判所に遺言執行者を選任してもらわなければいけないため、スムーズに手続きを進めるためにも遺言書で遺言執行者を指定しておくのが良いでしょう。
認知症と診断されたら診断書を取得する
医師の診断書は、相続開始後に遺言の無効を主張する際の重要な証拠となります。
遺言能力がある状態で公正証書遺言を作成した後に認知症と診断された場合、その後、遺言能力がない状態で新しい遺言が作成されることも考えられるため、その時点では遺言能力がなかったことを証明できるようにしておきます。
一度、公正証書遺言を作成していても、その後に新しい遺言が作られた場合は、最も日付の新しい遺言書の内容が有効となってしまいます。
認知症だった遺言者の死後にすべきこと
認知症の遺言者が亡くなった場合は、その遺言の有効性を判断し、相続手続きを行う必要があります。
遺された公正証書遺言にどうしても納得できない場合の対応は、2つあります。
- 遺言書どおりに相続しない場合は他の相続人と協議する
- 遺言無効確認訴訟を起こす
遺言書どおりに相続しない場合は他の相続人と協議する
被相続人が亡くなった後、遺言書が残されていた場合でも、その遺言書に従わなくてよいケースがあります。
遺言書が無効である場合や、相続人全員の合意がある場合です。(この場合、相続人以外への遺贈がないことを前提とします。)
原則としては、遺言は故人の意思として最大限尊重されますが、相続人が遺産を取得した後で、その遺産をどのように扱うかは、相続人の自由となります。
この場合、遺言者が遺言作成時に認知症だったかどうかは、争点とはならず、相続人全員の合意があれば遺産分割協議は可能です。
ただし、「遺言執行者」が指定されている場合には、遺言執行者とも合意したうえで、遺産分割を進める必要があります。
遺言無効確認訴訟を起こす
認知症によって遺言能力がない状態で書いたものであったり、何者かによって書かされたと疑われる遺言書が見つかった場合、相続人同士の話し合いもうまくいくとは限りません。
そうなると、訴訟によって解決を目指すことになります。
裁判所がそれぞれの主張を元に遺言が有効かどうかについての判断を下すので、多くの場合、前述した証拠などを提出し、遺言作成の経緯について主張・立証することになるでしょう。
遺言無効確認請求訴訟には時効はないですが、証拠可能な限り早急に訴訟提起をした方がよいでしょう。